あけほのむらさき手帖

いと白く清げなる紙ほの光り花鳥うたふ旅にいざなふ

春と秋の対

 春秋論争のいわれはどこにあるのか。中国の「春秋」は歴史書であり、たんに歳月としての春秋をあらわすという。春と秋を季節として取り上げ、比べた例は日本にはないのか。探してみると、古事記・中つ巻(応神天皇)に春と秋の対に関連すると思われる兄弟の神様の話があった。

 兄神の名は秋山之下氷壮夫(あきやまのしたひをとこ)、弟神の名は春山之霞壮夫(はるやまのかすみをとこ)。伊豆志袁登売神(いづしをとめのかみ)という娘と結婚できなかった兄が弟に、もしその娘と結婚できたなら褒美をやろうと賭けを持ちかけた。弟が母に相談したところ、藤の蔓を使った幻術で得た服と弓矢を与えられる。これを装着して娘の家に出かけると、服も弓矢もすべて藤の花に変わり、二人は結婚して子をもうけた。兄は悔しがり、賭けの約束を放棄してしまう。この話を弟から聞いた母は激怒し、兄に 8 年間いたずきで苦しむ呪いをかける。苦しんだ兄は謝り、呪いを解いてもらい、その後は平穏に暮らした。…というあらすじである。

 秋山之下氷壮夫の「したひ」とは赤く色づくことで、万葉集の人麿長歌に「秋山の下へる妹 217 」の例が見えるという。秋の自然を名とした男で、もちろん春山之霞壮夫と呼応。217 には朝露、夕霧の対もあり、哀しく美しい。

 登場人物や事象がそれぞれ何をどう象徴するのか。奇想天外なこの物語では、秋びいきではなく春びいきの様相だ。藤の花の意味するところは大きい。

古事記

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